6年ほど前のこと。
デパートの催事場で白いワゴンの片隅にひっそり置かれていた一枚の着物。
触れた瞬間にこれは私の着物だと思いました。
「呼ばれた」としか言いようのない感覚がありました。
当時の私は、それを塩沢だと疑いもせず、ただ良い御召だと思って手に取っただけ。
家に持ち帰り、単衣にしようと解いてみたら、事態は意外な方向に…
一枚の御召との出会いと、初めて袖を通した日の記憶をまとめてみました。
出会い:触れた瞬間に“呼ばれた”着物
出会いはデパートの催事場。
リサイクルのワゴンのワンコインコーナーに無造作に置かれていました。
触った瞬間にすごく惹かれて、「あ、呼ばれた」と思ったのを覚えています。
絣がしっかり入っていて、シボもあり、手持ちの塩沢と似たような質感だったので、最初は当然のように「塩沢ね」と思いました。
こんなに良い着物がどうしてこの値段なのか。
裏を見て、なるほどと納得。
胴裏がかなり黄ばんでいて、それが理由でしょう。
でも、表地は茶色い点シミが1,2個あるだけで、衿山もきれい。
こんなに良い着物を、この状態のままにしておくのはかわいそうだと思いました。
「よしよし。わたくしめがなんとかいたしましょう」
単衣なら縫える。
きっと縫える。
単衣向きの生地だしね。
そう思って、いそいそと持ち帰ったのです。
ほどいて気づいた“違和感”
家でほどいてみると、反耳にループがたくさんついていました。
ん……?
これは…塩沢じゃない?
そういえば、塩沢はもっとシボがざらざらしていて、肌にあたる感触が独特なのに、この着物は驚くほどなめらか。
気になって調べてみると、反耳のループなどの特徴が白鷹御召にとてもよく似ていました。
というか、白鷹御召そのものではないですか!
・白鷹御召の特徴は、反耳にループがあること。 今回の反物にもそれが見られたので、「白鷹御召かもしれない」と思った理由のひとつです。 新品だとかなり高価で、 たとえば京都きもの市場さんではこのくらいの価格帯のものが扱われています。これでもお買い得品なのです。
・平和屋さんでは中古でこのくらいの価格帯のものがありました。
「これが、あの白鷹御召?」
ほどいたときの写真を撮っておけばよかったのですが、撮り忘れて残念ながら残っていません。
あの頃は、自分が着物ブログを書くことになるとは思っていなかったし。
ワンコインで買った着物が白鷹御召だなんて、信じてもらえないかもしれません。
でも、私は自分の見立てを信じたい。
この布の手触りと風合いが、そう語りかけてきたのです。
布に敬意をこめてお仕立てはプロに
白鷹御召かもしれない。
いや、きっとそうに違いない。
それならば。
この着物には敬意を払わねば。
きれいな水色の八掛がついていたので、それに近いブルーグレーの八掛を購入。
胴裏も新調しました。
500円で買ったはずが、気づけばそれなりの出費になりましたが、後悔はありません。
御召ですから本来は単衣が良いのでしょうが、同じような色の塩沢の単衣があるので、今回は袷でお願いしました。
大切に着て、いずれ単衣に仕立て直すつもりです。
初めて袖を通した日

仕立て上がって、初めてこの着物に袖を通した日。
ただただ嬉しくて高揚した気分で。
自宅で静かに布の風合いを楽しみながら。
“お茶の間映画館”でDVD鑑賞。
アガサ・クリスティー原作の「ねじれた家」
紅茶を飲みながら、至福のひとときでした。
それにしても。
着物の運命に思いをはせるとなんだかしみじみしてしまいます。
白いワゴンの中で五百円の価値しかない古着と見做されていた着物が、解かれ、洗われ、縫われ、新品の裏地を当てられ、たくさんの人の手を経て、いま私の体を包んでいる。
そして数時間後には、また和紙と薄紙に包まれて眠る。
儚いようでいて力強い布の命。
より儚いのは人の命のほうかも知れない。
「物の命と人間の命、長いのは物の命の方なのだ」と、いつかどこかで読んだ本のフレーズが浮かんできて、人間が精魂込めて作った良質な物の命の長さを、50代になりこの先の生き方を思うことが多くなった私は、すこし羨ましく思ってしまったのでした。

・この着物の仕立ては地元の悉皆屋さんにお願いしました。 丁寧で安心できる仕上がりで、やっぱり地元の職人さんの手仕事は心強いですね。 ただ、洗い張りやシミ抜きまで全部お願いすると、 どうしても割高になってしまうので、 洗い張りだけは楽天市場の「きれいやさん」に依頼しました。 対応が丁寧で、仕上がりもすばらしく良かったので、 参考までにリンクを置いておきます。
・クリスティーの『ねじれた家』。ねじれた家に住む心のねじれた老人の毒殺事件。マザー・グースを巧みに組み入れた独特の不気味さを醸し出す女史十八番の童謡殺人事件です。映画版DVDもあります。


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