先日、「パンドラの憂鬱」というサイトで、 節子・クロソフスカ・ド・ローラさんの記事を見かけました。 ちょうど図書館で彼女の著書『グラン・シャレ 夢の刻』を借りていたところだったので、 思いがけない偶然に少し驚きました。
パリのファッションショーに現れた節子さんの存在感は圧倒的で、 海外のコメント欄でも大きな話題になっていました。 その姿を見たあとで本を開くと、 ページの向こうにある“生活の気配”がより鮮明に感じられます。
本書に登場する“グラン・シャレ”とは、 スイスの山あい、ロシニエールに佇む大きな木造建築のこと。 スイスで最も大きな木造建造物として知られ、 20世紀最後の巨匠と呼ばれた画家・バルテュスが晩年を過ごした家でもあります。
バルテュス氏亡きあとも、夫人の節子さんがこの家で暮らし続け、 静かな時間の流れとともに、この場所を守り続けている。 『グラン・シャレ 夢の刻』は、その“暮らしの気配”を 写真と文章で丁寧に写し取った一冊です。
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本の概要
『グラン・シャレ 夢の刻』は、写真がふんだんに使われたフォトエッセーのような構成です。
写真が多く、視覚的に楽しめる一方で、文章もほどよい分量があり、重さを感じずに読み進められます。
雑誌をめくるような軽やかさがあり、写真だけを眺めても満足できるし、文章をじっくり読めば深い味わいがあります。
本書は 1月から12月まで、月ごとに章が分かれた構成 になっていて、 季節の行事やその時々の想い出が、写真とエッセイのあいだに静かに織り込まれています。
ページをめくるたびに光の色や空気が少しずつ変わり、 “季節と暮らしのリズム”が自然に感じられるつくりです。
第1章「時の旅人」では、 季節ごとの装い、行事に寄り添う色や柄、 そして長く大切に受け継がれてきた布へのまなざしが描かれています。 どのページにも、着物が“生活の一部”として息づいている様子が写し出されています。
第2章「きもの花筺」では、 節子さんが着物にまつわる想いを静かに語っています。 長く大切に受け継がれてきた布や、思い出の装いの話が添えられ、 着物が単なる衣服ではなく、人生の記憶と深く結びついていることが伝わってきます。
本書全体を通して感じられるのは、 節子さんの暮らしに静かに息づく日本の伝統です。 身に着ける着物だけでなく、食器やインテリア、花のあしらいに至るまで、 どれも無理なく生活に溶け込み、 異国のグラン・シャレにほのかな日本の気配をもたらしています。
その佇まいは、まるで 日本文化が通奏低音のように流れている かのようで、 写真を眺めているだけで、その“文化の重なり”がふんわりと立ち上がってくるようです。
節子・ド・ローラという人物の“静かな存在感”
まず心を掴まれたのは、節子さんの着物姿の美しさでした。
とくに印象に残ったのは、2001年ヴェニスの「バルテュス回顧展」開会式で纏われた アドリアブルーの紗の訪問着です。
アドリア海の色を写したという地色は、何度も色出しを重ねて決められたとのことで、 清涼感と明るさ、そしてヨーロッパ的な華やかさが絶妙なバランスで共存しています。
銀箔を置いた紗の生地に、唐花のようなエキゾチックな模様がシルバー一色で表現され、 遠目にはさざ波のように見えました。
合わせられた帯は、七宝の仲間のような円を重ねた文様です。
白と墨黒だけの表現なのに、タイルのようでもあり、どこかワイルドさもあります。
個性的なのに秩序があり、その佇まいがとても印象的でした。
晴れの日だけでなく、日常のすみずみにまで着物が行き渡っているのも素敵で、 絵絣で水屋着を作り、それを着て絵を描かれる姿には、 “生活と美”が自然に結びついている気配を感じました。
勝新太郎さんから贈られたというお対の大島紬も登場します。
今ではほとんど見かけない贅沢な反物で、 「これはもう手に入らないのでは」と羨ましく思いながらページを眺めました。
“年齢に即応する色”から自由になるということ
節子さんは本の中で
西欧に長く住んでいると、日本古来の“自分の年齢に即応する色”を重んじる感覚が薄れている自分に気づいた
と書かれています。
けれど、私から見ると、その“自由さ”こそが彼女の装いの魅力だと感じました。
日本にいると、どうしても人目を気にしてしまい、 似合う色より“無難な色”を選んでしまいがちです。
でも、節子さんの姿を見ていると、 年齢を重ねても好きな色を纏っていいのだと自然に思えてきます。
赤いコートを着てみよう。
明るい表情をしてみよう。
そんな小さな勇気をもらえる一冊でした。
グラン・シャレという“家の気配”
グラン・シャレは木造建築で、西洋の家なのに日本人の私からみてもどこか懐かしいような温かみがあります。
日射しの入り方も柔らかく、癒しの空間という感じ。
かつてヴィクトル・ユゴーの定宿だったという“物語性のある場所”でもあり、 写真からも重厚でありながら落ち着ける穏やかな雰囲気が静かに伝わってきます。
一方で、節子さんはイタリアの古城も所有していて、そちらの写真も載っているのですが、 こちらは石造りでどうにも落ち着かない印象。
私が住むなら断然グラン・シャレだなと思ったけれど。
住めるわけもないのにそんなことを考える自分に笑ってしまう。
大きな庭にあふれる花、スイスの空気感などから、グラン・シャレには人を健康にするような柔らかさがあるように見えました。
節子さんの“知性”と“静かな強さ”
本を読んでいると、節子さんはとても賢い方なのだと感じます。
西洋に長く暮らしながら、日本の古典にも深い造詣をお持ちで、 相当な勉強家なのではないかと思いました。
ヨーロッパの社交界で日本人としてのアイデンティティを保ちながら 確固たる地位を築くには、西洋のことも日本のことも ずっと学び続ける必要があったのではないでしょうか。
そんなことは本には一切書かれていないのに、 ページの端々から静かに伝わってきます。
亡き夫バルテュス氏への愛情も深く、 夫婦お互いに会話がとても丁寧な言葉遣いなのがほほえましく美しい。
節子さんは息子さんを遺伝子病で2歳6カ月で亡くし、次のお子さんも同じ病で亡くされています。
彼女の明るく華やかな笑顔をみていると、悲しみの影は感じられないのですが、こんな苦しみを乗り越えて今を生きている。
傷みながらなお凛としている姿からは “悲しみによって磨かれた輝き”のようなものを感じました。
この本はこんな方におすすめ
✅人生の物語を味わいたい方
✅ヨーロッパ的な色合わせの着物姿を見たい方
✅美意識のある暮らしに憧れがある方
✅海外で暮らす日本人の視点が好きな方
✅夫婦の静かな愛の物語に心を寄せたい方
おわりに
ページを閉じても、グラン・シャレの柔らかな光と、 節子さんの静かな佇まいがそっと心に残ります。
生活の中の美しさは、大きなことではなく、 ほんの小さな所作や選択の積み重ねなのだと、 あらためて教えてくれる一冊でした。
≪関連本≫
同じ著者による別の作品はこちら。電子書籍版もあります。
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