ふと思い立って袖を通した小紋から、いろいろな思いがよみがえりました。
派手になった小紋と、今の私
ほんの気まぐれで、一日を家で過ごす日に、小紋をきてみました。
若い頃に誂えた薄紫の花橘模様。
写真よりも実物のほうが少し派手で、綸子の光沢が強く出ます。
紗綾型地紋の綸子は、現代の空気とは少し違う“古典的な華やかさ”がありますね。

初めて自分で誂えた小紋
これは、私が初めて自分のお給料で誂えた着物です。
着付け教室に通い始めた頃、「自分で選んだ一枚を作りたい」と思って、好みの呉服屋さんを探し、展示会で選びました。

高価なものではありませんが、初めて作った着物には、値段以上の思いがぎっしり詰まっている。
大切で、大切で、若さが気になっても、手放すなんてとても考えられません。
若い日のいうなれば勲章のような。
私のなかでそんな位置付けの着物なのです。
年齢とともに、似合い方が変わる
結婚し、子どもが生まれ、家事と育児に追われる日々。
気づけば「若くて着られない」と感じるようになり、衣替えのたびに広げてはため息をつき、袖を通さずにしまうことを繰り返してきました。
コロナ禍の嵐のなかでおうち時間が増え、「家で着るだけならいいかも」と思い切って着てみたこともありましたが。
そんな日々を経て、いま袖を通してみると――
やっぱり若い(笑)
似合う、似合わないというより、かえって年齢を強調してしまうような違和感。
「ああ、年を取ったな」と思ってしまって、少し切なくなります。
この小紋を、どう生かしていくか
もしかして、もう着られない?
このまま着られないのなら、どう生かす?
選択肢は三つ。
- 帯に仕立て直す
- 長襦袢にする
- 洋服にリメイクする
🍀着物を帯へ仕立て直すという相談を受け付けているお店もあります。
おびやさんのように、布の特徴を見ながら丁寧に仕立ててくれるところがあると、
着物の新しい居場所が見つかるのだと感じます。
この三つが現実的な選択だと思います。
羽織にするという手もなくはないけど…
それだとすごく華やかで目立つものになりそうで、気がすすみません。
布を無駄なく使えるという点では、2の長襦袢が最良かもしれません。
帯にしても素敵ですが、余り布の扱いにまた悩みそう。
着物地から作った長襦袢のこと
そういえば、私には着物から仕立て直した長襦袢があります。
もともとは姉の着物だったものを、仕立て替えたものです。
北海道の冬には本当に重宝で、温かいを通り越して暑いくらい(笑)
着物地ならではのしっとりとした重みとぬむもりがあって、真冬の外出でも心細さがありません。
長襦袢は人に見せるものではないけれど、華やかな柄をそっと忍ばせると、“自分だけの秘密”のような楽しさがありますね。
表に出ないところでこっそり遊べるのが、着物の面白さのひとつだと思っています。
布の命をどう生かすかは人それぞれだけれど、長襦袢という形も、ひとつの幸せな居場所なのだと感じています。
布の命を生かし切るということ

この小紋を“着物として”着るのは、もうあきらめた方がいいのかな…
着ないままため息をつくより、違う形で生かして使い続けるほうが、気持ちの整理がつくかなとは思います。
娘がいればまた違ったのかもしれませんが、息子一人ですしね。
私の着物たちは、私が行く末を決めてあげないといけない。
私一代でなんとかする。
その覚悟で、たくさん着て、一枚一枚に思い出をつくり、何らかの形でそばに置いておくつもりだけど。
いざ、大事でたまらない “我が娘” みたな着物を前にすると身動きが取れなくなります。
リメイクするとなると、解く、切るなどの工程が入ってくる。
それをリアルに想像してしまって、自分の身を切られるような苦しさが迫ってきて。
世代を超えて受け継がれる着物という衣類の、生まれながらにして備える力強さにほとんど慄然とした思いで立ちすくむのです。
こんなに優しげな色と艶をたたえながら。
なんと強くたくましくしぶといことか。
その気性をどう受けれて、どう生かしていけばいいのか。
良い答えを出す器量が私にある気は全然しないけれど。
問いに答えようと努力し続けることで、自分の人生も大切にできる気がします。
きもの好きの小さなメモ
🍀加藤萬の夏物帯締めが半額になっていました。 色もきれいで、夏の装いを引き締めてくれそうな赤×白。シーズン目前の今、見ておきたい商品です。通常 22,000円のところ、現在 11,000円になっていました。商品画像をクリックすると商品ページ( いち利モール公式ショップ )に入ります。

🍀岡重デザインで扱いやすい東レシルックの長襦袢。
普段の一枚として取り入れたら最高におしゃれですね。
🍀夏に向けて、レースの半衿を少しだけ取り入れてみるのも楽しいですね。
ほんのり透ける質感が涼しげで、着姿に軽さが出ます。


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