着物が好きなのに外で着られない|人目を気にする心理

着物と心のこと

着物が大好きで集めて着付けの練習もしてきたのに、外に出るのは怖い――。

着付けを習い始めてからずっと私につきまとってきましたこの悩みは、日常の小さな行動ともつながっていることに気づきました。

クッキーやチーズを隠れて食べる心理と、着物を外で着られない心理。

これらは実は同じ構造だったのです。

薬の副作用と解放感からのお買いもの

40代の終わりごろからコレステロールの数値が高く内科に通院しています。

私は薬にひどく敏感な性質で
悪玉コレステロールを下げるスタチン系のお薬は副作用が強く
かれこれ5種類ほど試しているのですがどれもあわず
ずっと困ってきました。

副作用は我慢して飲むように主治医が強くすすめてくるので
頑張って飲んでいたところ
人生で初めて
血液検査で肝機能に異常がみられるという指摘を受けました。

そこで今回の受診では強い気持ちで
もうお薬は飲みたくないとお伝えし
とりあえず了承を得て帰路についたのですが。

ここ何ヶ月もこの件でもやもやしていたせいか
副作用の強い薬を飲まなくてもよくなった解放からか
カルディに立ち寄って
普段なら自制するあれこれを買い込んでしまいました。

隠れて食べると安心?本当にそうだろうか

チョコチップとナッツのクッキー(中にとろーりチョコが入っている!)に
フランス産カマンベールチーズ。
チーズクラッカー。

クッキーは自分の楽しみとして部屋に保管して
家族から隠れてこっそり食べる予定(笑)

息子に見られたら全部食べられてしまうし
たまには自分のためにお菓子を買ってもいいよね?

夫はチーズが嫌いなので
クセの強い白カビのカマンベールなんて絶対に食べないから
一緒のお買い物では私は商品のある棚に行くことすらしません。

そんなの買うの?という顔をされるのが辛いから。
買うなとは言わないけれど、心で思っていることはわかるし。

チーズクラッカーは息子と分け合って食べる予定。
彼の好きな味だから喜んでくれそう。

そんなことを考えながら帰宅し、昼食に思いっきり食べて大満足。疲れたなぁと横になって。

カルディのヌガテッリクッキー オランダのレッカー社製

うつらうつらしながらこう考えました。

解放感からずっと食べたかったものを買ったのはいいとして。

隠れて食べる必要ってあるんだろうか。
夫や息子に隠すほどのことでもない。

それなのに私は「見られたら否定される」「嫌な顔をされる」
「子どもには全部快く差し出すことになる」と予測し
そうなるに違いないと思い込んでいる……

欲しいものを堂々と主張して購入しみんなで楽しく食べるより
隠れて食べて欲求を満たす方が安心できると思っている。

安心?

本当にそうだろうか?
その安心は一瞬のもので、心の奥では満たされない思いだけが残ってしまうのでは?

着物を着て外出できないのも同じ心の構造?

ここまで考えてきてふと気づきました。

着物も同じじゃないかしら?
着物が好きで、時には背伸びしながら集めてきたけれど。

家の中では楽しんで着ているのに
人の目が怖くて怖くてたまらず外では着られない。

「好きだから着ているだけ」と言えればいいのに
誰かに否定されるのが怖くて堂々と楽しめない。

チョコクッキーやチーズを隠れて食べる心理と
着物を着て外に出られない心理。

実は同じ構造なのでは?

子ども時代に身についた心のパターン

なぜ私はこうなってしまったのだろう?


振り返ると、子どもの頃の家庭環境が今の自分に影響しているのかもしれない。

家の中では、空気を読むことが当たり前で、自分の気持ちよりも場を穏やかに保つことを優先していた。

幼い頃の私は、「自分が我慢すればうまくいく」
「波風をたてないようにしなければ」と自然に思い込むようになっていた。

大人の表情や声のトーンを敏感に察して、自分の欲求を後回しにすることが、当時の私にとって一番安全な方法だったのだと思う。

その頃に身につけた“空気を読むクセ”や“自分を抑えるクセ”は、大人になった今も私につきまとっている。

優しい家族にも壁を作ってしまう私

夫はすごく優しい人だし、息子も優しい子に育ってくれたと思う。
それなのに私は勝手に「嫌な顔をされるに違いない」と決めつけてしまう。

彼らの反応を予測してこちらから壁を作ってしまう。

これは過去の習慣が残っている心のクセなのだと思います。

自覚はあるのだけど
拭うことのできない悪癖みたいなもので。

わかっていても対処するのが難しい自動思考。

代償的満足と自己効力感の不足

ネットで調べてみると
こうした「隠れて満たす」行動は代償的満足と呼ばれ
一時的に欲求を満たすことはできても
本質的な解決にはならないと書かれていました。

好きなことにまっすぐ向かっていけない私の傾向は
自己効力感――「自分ならできる」という感覚――が弱く
無力感と結びついているというのです。

なるほどね。

私が着物を外に着ていけなくて家の中で楽しんでいるのも
同じ心の構造と考えれば合点がいきます。


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私の着物に対しての本質的欲求とは?

着物を着て人に見られたいわけじゃなくて。
ただ、好きだから着たい。
それだけ。

家の中で楽しむだけで十分幸せではないかという気持ちもある。

けれど美術館や博物館で素敵な作品に出会ったり
雰囲気の良い街並を散策して楽しんだり。

そういう「着物が似合うシーン」で大好きな着物を着て人生を楽しむ自分でいたい。

それが私が着物に求めているもの――本質的な欲求――ではないかしら。

まとめ:自分を出していく訓練を積み上げたい

自分の欲求を隠さずに少しずつ出していく訓練を積み上げたい。

生活全般で好きなことにまっすぐ向かっていく小さな一歩を重ねながら
機能不全家庭で育った傷を癒したい。

願わくばその途上で
着物警察や通りすがりの人からネガティブな反応をされませんように――と
祈るような気持ちもあります。

心の弱い私は批判されたらきっと凹んでしまうと思うから。

人目を過剰に気にせず
ただ自分の欲求に正直に向きあっていく。

着物は私にとってその訓練になるかもしれない。

他者に心を開くことが大の苦手でずっと生きづらさを抱えてきた私にとって
好きな時に好きなように着物を着るのは結構ハードルが高いことですが…。


「本心を隠さない喜び」を獲得していくための
着物は大切で強力なカードとなるかもしれません。

今日の着物まわり

✨普段着としてきものを楽しむときに重宝なのはやっぱり半幅帯。博多織の半幅にこんな大胆で現代的な柄があることに驚いています。


✨お正月のサムシングニューに来年の干支のお馬さんを探してみました。かわいいですね。


✨お正月の席にぴったりの懐紙を探しました。縁起物の「一富士二鷹三茄子」と、来年の干支の馬の2種類です。新年の茶席やお菓子をのせるときに、華やかさと話題性を添えてくれるアイテムです。ちょっとしたプレゼントにも最適ですね。



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