書評・高田郁『あきない世傳金と銀 第2巻・早瀬篇』|寄合の試問で際立つ幸の聡明さ

おすすめ本の紹介

NHK BS時代劇で『あきない世傳 金と銀』が放映されていますね。
小芝風花さん演じる幸の姿を思い浮かべながら、 原作の第2巻「早瀬篇」を読み返してみました。

『あきない世傳金と銀 第2巻・早瀬篇』は、 五鈴屋での幸の人生の流れが、 一気に速度を増していく巻です。

奉公人としての日々を重ねる幸が、人生の大きな岐路に立って、 自分の未来をどのように選びとっていくのか──
迷いと決意が交差する中、 幸は呉服仲間の寄り合いで試問を受けるという大きな試練に向き合うことになるのです。

第1巻で語られた五鈴屋番頭・治兵衛の“商いの川の教え”が、 ここで初めて幸の心を支えます。
川の源流が、早瀬へと変わる瞬間を描いた巻です。


書 名   あきない世傳金と銀 第2巻 早瀬篇
出版社   角川春樹事務所
発行日   2016/8/18

本の概要

奉公人として五鈴屋での日々を重ねる幸は、十四歳になった。
そんな折、四代目店主・徳兵衛の後添いにという話が持ち上がる。

色里に入り浸り放蕩者と陰口をたたかれ、前妻から離縁された徳兵衛は、 体裁を保つために後妻を迎えたいが、世話をしてくれる者すらいない。

五鈴屋の行く末を案じるお家(え)さん富久と番頭・治兵衛の目は、 極上の天鵞絨の半襟を見抜いた賢明な奉公人、幸へと向けられていく。

幸の才覚を信じていた治兵衛は、 後添いの話を断ることしか考えない彼女に、縁談を断る方法を教えながらも、 同時に次のように説いて、幸に五鈴屋の嫁になることを強く勧める。

商家の女衆(おなごし)は、どれほど聡かろうと、ひととして優れていようと、女衆でいる限り、一生、鍋の底とを磨いて生きるしかない。(中略)幸はそれで終わる器とは違う。女衆で終わったらあかんのや(73頁)

そもそも、幸を後添いにと富久に提案し、説得したのは治兵衛その人である。
幸は、自分の未来をどのように選ぶのか──
静かな流れが、早瀬のように動き始める第2巻。

第2巻の見どころ

高田郁さんの小説を読むのは今回が初めてです。
エッセイは読んだことがあって、これは一つ一つは短い文でありながら心があたたかくなる素晴らしいもので、寝る前のひと時にベッドで読むと穏やかな気持ちで眠りにつける、そんな本でした。

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高田さんは理知的でありながら情に篤い人というイメージで読み始めた『あきない世傳金と銀』なのですが。

読み進めるうちに気づいたのは、主人公の心情をくどくどと説明する箇所がなくて、発する言葉によって読者がその心を知れるというスタイルだということ。

ただし、この第2巻では、幸が五鈴屋の嫁となる決意をする場面は、めずらしくきっちりと決意する心情が描かれてそこが印象的でした。

もう一つ印象的だったのは、お家(え)さんの人としての温かさと、番頭・治兵衛の商人としての覚悟の厳しさ。

この当時の商家での主筋と奉公人との区別はものすごく厳格であることが、作品の中で随所に書き込まれているのですが、立場の隔たりはきっちりとしつつも、奉公人に対しても情をもって接する富久に、胸を打たれることが多かった。

特に幸を嫁にと決意した富久と治兵衛が縁談をどう進めていくか話あうシーン。
「いくら女衆でも、まず本人の了解を取るのが筋」と、 幸を一人の人間として意見を尊重しようとするのです。

その一方で治兵衛は、幸の性質を深く理解したうえで、 「母親を先に説得すれば断らないだろう」と読む。
その判断は富久よりも非情に見えます。
長い目で見れば幸のためにも店のためにもなるという、 男性的な合理性と五鈴屋を守ることが第一という覚悟なのですが。
幸に目をかけ、学ぶことが好きな彼女に工夫して知恵を授ける温情ある治兵衛どんの、別な一面を見る思いでした。

第2巻の山場は、幸が五鈴屋の“ご寮さん”としてふさわしいかどうかを、 呉服仲間の店主が居並ぶ席で試問によって決する場面でしょう。

幸は呉服に関する知識はなにもありません。
商いの心得については治兵衛からこっそりと学んでいましたが、家の奥向きの雑事を行う今でいう女中のような立場なので、絹織物に触れたことも、商品についての知識もないのです。
それなのに専門的な問いを次々と投げかけられます。

織物の名を聞かれても、光琳模様の種類を問われても「存じません」としか答えられない幸に、 最後の質問が投げかけられます。

我々町人に使用が禁じられている紋の種類を、何ぼか言うとおみ。それすらも答えられへんのか(94頁)

居並ぶ旦那衆の嘲笑がその場を満たしていきます。
頬にかっと熱が射すのを感じながらも、 己を知ってもらうにはどうすればいいのかを幸は一心に考え、 ある回答を思いつくのです。

この試問の場面は強い余韻を残します。
幸という少女の賢さ、落ち着いた人柄、物に動じない強さを読者が体験できる場面です。

本書のシリーズは、すべて川の流れをイメージした副題がつけられています。
第1巻が源流篇。
第2巻は早瀬篇。

その“川”の比喩は、第1巻で治兵衛が幸に語った 「商いいうんは、あの川の流れに似ている」 という教えに端を発しています。
欲に濁らず、天から与えられた色をそのままに保つこと。
きれいな商いを貫くという、幸の生き方の指針になる言葉です。

第2巻では、寄り合いでの試問の場面で、 幸がこの教えをふと思い出し、心を落ち着ける様子が描かれています。
川の流れのように、 幸の人生の流れが動き始めるのがこの早瀬篇。

早瀬の急流は、幸の人生を思いがけない方向へ押し流していきます。
夫となった“阿保ぼん”徳兵衛との結婚と別れを経て、帰る郷里のない幸は、ここからどこへ流れていくのか。
怒涛の展開の第2巻なのでした。

こんな人におすすめ

着物が好きな方へ
呉服仲間の店主が居並ぶ試問の場面では、織物の名や模様の種類など、当時の呉服に関する知識を自然に知ることができます。
富久が初めて幸に絹ものの紬を着せるシーンや、花嫁衣裳の光琳波と帆船の帯、仕立物師の男仕立ての話など、着物好きなら誰もが楽しめる内容となっています。

②経営や商いに興味のある方へ
富久の温かい判断と、治兵衛の合理的な読み。
二人の“商いの覚悟”がうかがえます。

時代小説が好きな方へ
寄り合いでの試問、商家のしきたり、女衆の立場や家の格式など、江戸の町人社会の空気がより濃く描かれる巻です。
第1巻よりも一歩深く、当時の大阪の暮らしの息づかいに触れられます。

成長物語が好きな方へ
幸が自分の未来をどう選ぶのか。
心も体も大人になっていく幸。
迷いながらも、静かに決意へと向かっていく姿が胸に残ります。
試問の場面で見せる落ち着きと強さは、第1巻からの成長を感じられる場面です。

人情物が好きな方へ
富久の優しさ、治兵衛どんの思いやり、そして幸のまっすぐな心。
人と人とのつながりが丁寧に描かれ、読後にやわらかな余韻が残ります。
五鈴屋の人々の温かさが、より深く沁みてくる巻です。

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著者紹介:高田 郁(たかだ・かおる)

1959年、兵庫県宝塚市生まれ。
中央大学法学部卒。
漫画原作者として活動したのち、四十代で時代小説の世界へ転身した異色の経歴を持つ。

山本周五郎作品に深く影響を受け、 「人の情」「小さな光」「生きる手触り」を丁寧に描く作風で知られる。 2008年『出世花』で小説家としての活動を本格的に開始し、 以降、江戸の町の空気や商いの哲学を丹念に描く作品を発表し続けている。

代表作には『銀二貫』『ふるさと銀河線 軌道春秋』などがあり、 現代の時代小説を牽引する作家の一人として高く評価されている。

『あきない世傳 金と銀』は、大坂天満の呉服商を舞台に、 主人公・幸が“買うての幸い、売っての幸せ”を胸に、 商いの心と人の情を積み重ねていく全13巻と特別巻(上下巻)の物語。

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