幸田文さんの『番茶菓子』には、読むたびに胸が熱くなる小品があります。
タイトルは「ことぶき」
紙書籍は在庫が少ないのですが、Kindle版があるのが救いでした。
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三人の嫁と、おしゃれなお姑さん
物語の中心にいるのは、三兄弟の三男に嫁いだ真佐子さん。
長兄・次兄のお嫁さんたちは裕福で、お姑さんの誕生日には競うように立派な着物を贈ります。
けれど真佐子さんは経済的に同じことをするのが難しい。
しかもお姑さんは “じみななりはしていても、すがすがとおしゃれ” なのです。
そんな状態なので、真佐子さんは泣きそうになるほど肩身が狭い気持ちになります。
その泣きそうな思いから、祝意こそ大事で喜びをもってプレゼントを用意しようと決意し、お嫁入りに持ってきた白生地を裁って、絞り染めを施し、長襦袢に仕立てて贈るのです。
できる範囲での最大限の贈りもの
高価な着物ではないけれど、 お姑さんはそれをとても喜びます。
兄嫁たちの前では、 贈られた着物にその長襦袢を重ねて、ただにこにこと受け取ったのですが、後日、二人きりのときにこう言うのです。
「二枚の着物を一度に着ることはできないが、長襦袢は重宝しますよ」
この一言に、私は心を打たれました。
兄嫁たちからもらった着物についてはいかなる批評もせず、ただ真佐子さんにお礼を伝える。
何でもないことのようだけれど、なかなか理性のきいた行いです。
どう気に入ったかとか具体的に言い過ぎると、何らかの形で兄嫁たちの耳にはいって、大変なことになりそう。
でも、そこまで言わなくてお互いに気持ちが通じ合っていると分かっているのです。
翌年から真佐子さんは兄嫁たちの作った贈り物のしきたりに従わず、自分でできる範囲にとどめるようになります。
張り合うことをやめたのです。
お姑さんへの信頼があればこその判断だと思います。
もう一度、長襦袢を欲しいと言われて
そして時は流れ。
お姑さんは病を得て、急に衰えます。
皆が「今年が最後のお誕生日になるかもしれない」と覚悟し始めた頃。
お姑さんは真佐子さんに、こう言うのです。
“久しぶりにも一度長襦袢が貰いたい”
“欲しい”ではなく“貰いたい”
遠慮と少しの可愛らしさがにじむ言葉ではないでしょうか。
お姑さんは真佐子さんに気を許していているのですよね。
そして真佐子さんもお姑さんを尊敬している。
だからこそのちょっとしたワガママなのです。
許し許される間柄を築いてきた、着物を仲立ちとした二人の女性。
人生の困難をたくさん乗り越えてきた成熟した女性同士の関係です。
このお姑さんの望みに対して、真佐子さんは深く悩みます。
若妻ではなくなった今だからこそ、答えをだすのはより一層難しいのです。
前回と同じではいけないのではないか。
そして彼女がは一つの答えを出します。
真佐子さんが選んだ長襦袢とはどんなものでしょうか?
そしてそれを受け取ったお姑さんが口にした言葉――“ほんとのおしゃれ”の真意とは??
(ここからは、読んでのお楽しみということで)
読み終わって私が思うこと
現代の贈答で着物をおくったりおくられたりということはもうほとんどないけれど。
贈り物をするときに一番重要なことは何かということを考えさせられる作品です。
ケチるのは論外として、見栄だけで高いものを買うのも違う。
実用一点張りだと味気ない。
付き合いが長くなればおのずと関係性の歴史も深まるので
余計に選択肢が狭められるという側面もありますね。
あれは喜ばれた、でもいつも同じでは芸がないとか(笑)
そんなとき、一番大事なのは。
ありきたりだけど “相手を思うこころ”
最終的に必要なのはそれだけではないかしら。
シンプルだけどもっとも人間力を問われそうで怖いような、そんな思いが湧き上がってくるお話です。
清々しい読後感をもたらす珠玉のエッセイだと思います。
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今日のきものまわりのこと
ここからは、今日のきものまわりの小さなメモを少しだけ。
🍀紫外線が強くなる季節。
折りたためる日傘が便利だと思って探してみました。
気に入ったものをメモしておきます。
🍀最近気になっているレース足袋。
接触冷感で、東レのセオアルファと旭化成ベンベルグのハイブリッド素材。

🍀前結びで帯を結ぶときの必需品。これがあると帯を後ろにまわすのが驚くほど楽になります。



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