書評:幸田文『きもの』②|女がきものをこしらえる時

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先日の投稿で、幸田文『きもの』のことを書いたのですが、 その後パラパラと読み返していたら、気がつけばほとんど通して読んでしまっていました。

書評:幸田文『きもの』①|“こしらえる”という言葉に感じたノスタルジー

名作というのは、読むたびに新しい気づきがあって、「前に読んだときの私は、いったいどこを読んでいたんだろう」 と不思議になるものです。

今回、特に心に残った場面があります。

るつ子が母の箪笥を開ける場面

主人公のるつ子(女学生)が、病気で寝込んでいる母のために寝巻を用意しようとして、母の箪笥を開けるシーンです。

四つの引き出しのうち、上二段だけで間に合うほど着物が少ないことに、るつ子は驚きます。

お嫁に行ったばかりのお姉さんの立派な支度と比べて、母の着物はあまりにも貧弱。

そのため、るつ子は母の倹約ぶりを何だかうとましく思ってしまうのです。

その貧弱な箪笥の中に、ひときわ大事にしまわれている一枚がありました。

開けてみると、それは「セル」の着物。

セルとは毛織物の一種で、メリンスより高価でおしゃれ。

ただし絹には当然及ばず、季節的には単衣として春先や秋口に着られたようです。

袷でも薄物でもないため、なくても困らない──つまり、ある意味では贅沢品。

それは倹約家のお母さんが、どうしたことか家族全員分いちどにお揃いで新調した着物でした。

実はそこには深い理由があって、どうやら夫婦間の女性関係のもつれがあり、 その後の気持ちの整理として誂えた一枚だったのです。

このことを知っているのは、おばあさんだけ。

るつ子が言います。

お母さんてひどい着物貧乏よ。……それにどういう気かしら。セルなんか大事にしまっといて。

それに対して、おばあさんは静かに返します。

そんなこというもんじゃないよ。女はみんな、いつ、どんな思いで、着物を着たりこしらえたりしているか、はたからわかりはしないよ。あたしはお母さんがそのセルをこしらえた時の、あのかあっと弾んだ気持ちはよくわかるよ。

「着物をこしらえる時の気持ち」は、誰にも見えない

この言葉を読んだとき、胸の奥がじんとしました。

女が着物をこしらえる時の気持ち。

私にも覚えがあります。

いつ、どんな気持ちで着たか、こしらえたか、一枚一枚に思い出があります。

◆結婚が決まり退職することになって、ここから先はもう自分のお金で自由に着物を作ることはないかもしれないと覚悟を決めて誂えた大島。

◆子どもが急病で入院し、看病の夜に「これを乗り越えたら、箪笥のコート地で道行を作ろう」と思ったこと。

着物をこしらえる時の “かあっと弾んだ気持ち” と、そこに至るまでの道筋がいつでも心の底にあって、着物を取り出してみると思い出されて、懐かしくなったり切なくなったりします。

箪笥から着物を出して触れてみることは、 私にとって 人生の記憶をたどる行為 なのです。

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