長羽織がずっと欲しいと思いながら、手元には反物も洗い張りの解き反もあるのに、なぜか踏み切れずにいます。
「今あるもので作るだけなのに」──
そう思いながらも、どうしても決めきれない。
この記事では、そんな私が赤の鮫小紋を羽織にしようとして“ダメ出し”された経験と、 そこで気づいた「赤の質」と「今の自分の顔立ち」との相性の変化 を、じっくりと考え言葉にしていきます。

赤の鮫小紋を長羽織にしようとして“ダメ出し”された日
この赤い鮫小紋は、母が作ってくれたものでした。

娘が二人いるから、いずれはどちらかに仕立ててあげようと買っておいたものがそのままになっていて、それを私がもらって。
母は着物を縫う人でしたが、その頃にはもう目がきかないといって、仕立ての仕事は辞めていました。
呉服店に出向いて着物にしてもらったのですが、持ち込みだから割増価格になり、総額6万を超えるお仕立て代。
母はひどく驚いていったっけ。
「私は小紋を8千円くらいで仕立てていたのよ」なんて、ぽつんともらしてましたね。
ご近所さんや身内、親戚筋のふとん店からも請け負っていたそう。
プロとは名乗らなかったけれど、振袖もたまに縫っていて、いまでもその様子が目に浮かびます。
ちょっと話題がそれました。
鮫小紋の話に戻ります。
40代の頃はよく着てたのですが、ある時ふと「なんだか若づくりに見える?」と感じて。
ちょうどクリーニングするタイミングだったので、思い切ってほどいて洗い張りにしました。
「羽織にすればまだ着られるかも」
そう思ったから。
善は急げ、思い立ったが吉日とばかり、洗い張りされて悉皆屋さんから戻ってきてすぐに、馴染みの百貨店の呉服売り場へ持っていきました。
ところが、信頼している店員さんから「おすすめしません」と、まさかのダメ出しをされたのです。
えっ、どうして?
雑誌では「若くなった着物は羽織にすればOK」とよく見るのに。
店員さん曰く、「着物で若くなったものは、羽織にしても若く感じるでしょう」と……
あの時は本当にショックでした。
店員さんを疑いだした私の“堂々巡り”
「どうして?羽織ならいけるって聞くのに」
デパートからの帰り道、私はずっと考えていました。
若くなった着物の活用法として、流行の長羽織にするというテクニックは、雑誌などで頻繁に見かけるもの。
それが、信頼している店員さんに否定されたことで、すでに鮫小紋の長羽織を夢に描いて、着物とのコーディネートまで考えていたのにと心がついていけず、気づけばその店員さんを疑いだしていました。
「売上のために新品をすすめたいのだろうか?」
「ハイハイって請けてくれればいいのに…」
そんなふうに、大好きで信頼していた店員さんに疑いの目を向けてしまう自分が嫌。
心は揺れ続けて。
「いやいや、あの人はそんな人じゃない」
「きっと親切心で言ってくれたんだ」
「私が変なことしようとしてたのかもしれない」
と、また逆方向に揺れる。
言ったり来たりの堂々巡り。
本当にいつまでもウジウジしていました。
あの時の私は、 “赤の鮫小紋の長羽織を手放すこと”に心が追いついていけなかったのだと思います。
ふと鏡をみた途端に腑に落ちた
解せぬ。
どうしてダメなんだろう??
そんな気持ちを抱え、明確な答えを出せないままに、こことは別のブログにこの体験をまとめていたとき。
途中で席をたち、手を洗ってふと鏡をのぞき込んだときに、「あっ!」と思って。
わだかまりがストンと音を立てて落ちたのです。
「ああ、今の私にこの赤の鮫小紋は “ない” 」
年齢を重ね、小紋の着物として着用していたころより少し太って顔も大きく(!)なって。
顔に迫力が出てきた今の自分に、この“若々しく平坦な赤”は強すぎると感じたのです。
それはただ年齢のせいというのでもなくて、自分の顔や雰囲気の陰影の変化とでもいえば良いのでしょうか。
まとう雰囲気が変わったというか。
たぶん、着物として着ていたときにも、少し感じていたと思います。
言葉にできていなかったけれど。
感じていたからこそ、着物としては終わらせて解き反にした……
鏡の中の自分を見た瞬間、ようやく違和感の正体が見えた気がしました。
一般論ではなくあくまで「私の場合」ですが
ここで誤解して欲しくないのですが、「50代で赤の鮫小紋は無理」という話ではありません。
赤が似合う50代の方はたくさんいらっしゃるし、赤の鮫小紋を素敵に着こなす方ももちろんいます。
問題は、 私の鮫小紋の“赤の質”と“今の私の顔立ち”の相性が変わってきた──
ということ。
鮫小紋の赤は、影が入りにくい“平坦な赤”。
そのうえ江戸小紋って結構すっぺりして立体感のない生地ですよね。
生地質が平坦な一方で、私自身は50代になってから 顔の陰影が少し強くなった。
もともと得意ではない江戸小紋のすっぺり感や立体感のなさ、白っぽくなりがちな浅い色とシンプルな雰囲気が、今の私の立体感とぶつかりやすくなったのだと思います。
苦手な江戸小紋を似合う赤でなんとか凌いでいたものを、その赤が“着どき”の年齢から少しずれたら、素材感と雰囲気の似合わなさが露呈してしまった、という感じ。
書評:青木奈緒『幸田家のきもの』|赤は自分で駄目だと思ったらそこが境目
これが江戸小紋がもともと似合う人なら、色が少しくらい最適な年齢からはずれても着こなせるのでしょうが、私はそうじゃなかった。
デパートの店員さんも、きっと似合わないと思って断ってくれたのだと思います。
あそこで無理を通して作ったところで、「若々しくて気後れして着られない」と愚痴ることになっただろうと思います。
それでも赤が好き。堂々巡りは続く
とはいえ。
頭では理解しても、夢見た長羽織の夢は去りません。
鏡を見て「今の私には違う」と腑に落ちたはずなのに、 押入れから反物を取り出して広げてみると、また気持ちが揺れてきました。
「でも私は赤が似合うのよね」
「赤茶や臙脂なら今でも着る気満々なのに」
「この鮫小紋の、この赤だけがダメって残念過ぎる」
赤が好きだからこそ、 簡単には諦められない。
理屈では分かっていても、 心のどこかでまだ“手放したくない私”がいる。
反物を眺めながらふと横をみたら、 もう一枚“赤い江戸小紋”がそこにあるではありませんか。
そうそう。
こんなのもあったのよね。

こちらはリサイクルで購入した着物で、鮫小紋と同じようにクリーニングのタイミングで解き反にしておいたのでした。
たぶんこれは、私の鮫小紋よりずっと上質。
というのも、反端をみると、量産品ではないような雰囲気を感じるのです。
なんとなく、なのですけどね。
鮫小紋と同じ赤なのに、 雰囲気が違う赤──
気づけばまた、赤の反物を並べて深く思案している自分がいました。

右側の濃い赤の寄せ柄江戸小紋は少し時代が古いものだと推測されます。
鮫小紋の赤は若々しい赤。
一方、寄せ柄の江戸小紋は、少し落ち着いた、深みのある赤。
赤い長羽織が欲しい思いは、また迷路へと入り込んでしまって。
「こっちの赤なら少し地味になるわよね?」
「長羽織にしてみる?」
「いやいや、それは…。やっぱり赤は赤だよね」
「反幅が狭いけど裄はギリギリでる。品物がよいからもったいない…」
「寄せ柄は模様が鮫より複雑だから鮫小紋よりは似合うと思う…」
堂々巡りは続くのです。
悩んでいることは事実なのだけど。
そこまがまた楽しいみたいな、変な気持ち。
こんな時間が実は結構心地良かったりする?
沼に落ちた着物好きの心理(真理)かもしれません。
いまだ赤の長羽織計画は止まったまま
鮫小紋の赤が今の私に合わない理由に納得し。
寄せ柄の江戸小紋の赤には可能性を感じつつも。
長羽織として一歩踏み出すところまでは、まだ進んでいません。
反物を広げては悩み、鏡を見ては立ち止まり、また少し気持ちが揺れる。
その繰り返しの中で、「今の自分に似合う色柄、素材は何だろう」と折々に考え続けています。
長羽織を作る日は、きっと来る。
でもそれは、 “今の私”が自然に選べる色柄に出会えたとき。
その時まで、この赤い反物たちは待っていてくれる。
急ぐ必要は何もないのよ。
そう自分に言いきかせて。
長羽織が欲しい気持ちをなだめています。
関連リンク
🍀青木奈緒『幸田家のきもの』
本文中で引用した「赤って色はね、自分で駄目だと思ったときに色に負けるんだよ。そこが境目」という言葉が登場する本です。
祖母・幸田文、母・青木玉、そして奈緒さんへと受け継がれる“赤の小紋”のエピソードが印象的で、年齢とともに変わる“似合う・似合わない”の感覚に静かに寄り添ってくれる一冊。
今回の記事のテーマとも深く響き合う内容です。
🍀いつも洗い張りをお願いしている楽天のショップです。
反物の状態に戻すときに安心してお任せしています。
今回の赤い鮫小紋と寄せ柄江戸小紋も、こちらでお願いしました。
🍀 たとう紙(楽天)
私は安価なお買い得品を使っています。
出し入れが多いとどうしても傷むので、高価なものより気軽に使えるほうが私には合っています。
今のところ不便は感じていません。
🍀鮫小紋の長羽織(楽天市場)
もともと江戸小紋はあまり似合わない私ですが、 この控えめな色なら、赤のように悩むことなく作れたかもしれません。
落ち着いた色目で合わせやすく、レビューも少ないながら評価が高い一枚です。
外で着るものはどうしても汚れやすいので、洗えるという選択肢があるのは 今の暮らしにはとても心強いですね。
🍀応援していただけると励みになります。
にほんブログ村
にほんブログ村

コメント