花火大会の浴衣と、SNSで揺れた今日の心

心・生き方

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明日は花火大会です。

浴衣を着たい気持ちはあるのに、ここ数日あまり体調がよくなくて。

昼間はどんより疲れて動きたくないのに、夜ベッドに入るとなんだか急に冴えてくる。

なかなか寝付けないのに、早朝に目覚めてしまって、2時間くらい経ったら異常に眠くなり、結局遅い時間に起き出すというパターンが数日続いている。

だから疲れが抜けなくて、メンタルもどこか沈んだまま。

「浴衣を着たい」という気持ちと、「気力がわかない」という現実のあいだで、ふわふわと揺れている。

暑さのせいもあるのかもしれない。

コーディネートだけでもしてみようかなと浴衣を出してみる。

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以前なら、落ち込んでいるときも、着物を触ると元気が出てきたものだけど。
最近はその魔法が効かなくなってきたような……

まだまだ年齢のせいにはしたくないけれど、やはり若い頃のようにはいかないみたい。

「着物を楽しく着るには体力が必要で、メンタルの充実はもっと大事なのね」 と我知らずぼやいてしまった。

たぶん有松絞り 
仕立ててから大分経つのにまだ一度も着用していない

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浮かない気持ちのまま、めずらしくThreadsを開いた。

そこで目に入ったのは、着物初心者さんの投稿。

すこしメンタルに不調のある方らしいのだが、着物に興味を持ったようで、浴衣やちょっといい着物、たぶん付け下げか軽い訪問着を着た画像を投稿していた。


若い子の着物姿が可愛らしくて、良いわね、きれいよって、嬉しい気持ちで見ていたのに、よく読んでみるとスレッドはどんどん不穏な方向に向かっていて。

着物警察にやいのやいの言われた結果、もう着物はやめて服だけにしますというコメントに至っている……

その一文を読んだ瞬間、胸がぎゅっとした。

ああ、どうして、着物となると自由に楽しくが難しくなってしまうのか?
着物って、本来はもっと軽やかで、もっと自由で、もっと生活に寄り添うものだったはずなのに。

そう思いながらスマホをスクロールしていたら、今度は紀子妃のパラグアイ訪問での着物姿に、やたらとケチをつけているコメントが流れてきた。

曰く、脇線が前に見えている、裾が台形になっている、着付け師を変えた方が良いのでは?
などなど。

ほんとにねぇ。
嫌になるわ。

そりゃあ、単純な楽しみで着ている一般人と妃殿下では、着物姿に求められているものが違うのもわかるんだけど。

書き込んでいる人達の意見には、「それって文句のための文句じゃないの?」って言いたくなるような、低俗なものもあって。

もうっ!
なんでそんなにめんどくさいこと言うのよっ(怒)

浴衣を着るのがメンドクサイ、疲れているとか言っていたのに、このThreadsの一件と紀子妃の着付けの一件で、かえって変な闘志がわいてきて。

なんでそんなに着物を特別視するのよ、好きにさせてよという怒りで、妙なアドレナリンが出てきて、「よし、どんどん着物を着ようよ自分」って思ってしまった。
天邪鬼なのか、短気なのか――自分でもよくわからない心の動きだ。



とはいえ。
暑いさかりは勘弁、もっと涼しくなってきたらねというクッションも置いているのだけど。

着物って、しょせんは着るもの、日常に気軽に着たいと私はいつも思っていて。

喜びであり楽しむためのファッションなはずが、誰かの批判の道具みたいになってしまうなんて、耐えがたい。

そのThreadsの若い子は、とっても素敵だったのですよ。
可愛らしくコーデしていて、持っているバッグの色なんかもセンスが良かったのに。

最近の私は、着物はもっと自由でいいと思っていて。
自分も自由でいたいし、他の着物好きさんにも自由であって欲しいと願っているのです。

このあたりのことは、マドモアゼル・ユリアさんの『きもののとりこ』の書評に書いたのですが、「違いに万歳」っていう精神を、私は大切にしたいと思っているのです。


マドモアゼル・ユリア著『きもののとりこ』書評|孤独と自由を思う

着物をまとう喜びは、誰もが享受できるはず。
普段の楽しみに着るのに資格はいらないし、着物を好きな気持ちがあればそれでいいじゃない。

アダルトビデオに感化されたような、着物を変な方向にアレンジした風俗みたいなお衣装だったら話は別だけど。

根底に着物への愛があれば、その辺は見ればわかるのだし。



“何を着たって誰かに何かを言われてしまう”という状況にだけはなって欲しくない。

それが、すべての着物好きさんにとっての利益だと私は思っているし、そうなることを願っています。

🍀関連記事①
Threadsで傷ついてしまった初心者さんの話を読んで、ふと、以前書いた裄丈の記事を思い出しました。
裄の“正解”は誰かが決めるものではなく、その人が心地よく感じられる寸法こそ大事だという思いを綴っています。

着物の寸法はもっと自由でいい――裄をめぐる違和感

🍀関連記事②
着物の“正解”という言葉に、ずっと違和感を抱いてきました。
その気持ちを書いた記事があるので、読んでいただけたら嬉しいです。

入学式・卒業式の着物コーデに正解はある?|SNSの圧に疲れたときに考えたいこと

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