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真夏の午後、不眠の再発で不安を抱えながら歩いていて、暑さから避難するように入った公共施設の図書コーナーで、東野圭吾さんの『沈黙のパレード』と出会いました。
それは偶然のようでいて、どこか必然めいた読書の始まりでした。
炎天下の散歩の途中で出会った一冊
すっかり良くなったと思って安心しきっていた不眠がぶり返して、動揺して猛暑の中を散歩に出ました。
体力を使えば少しは寝つきが良くなるかもしれないと思って。
気温は31度。路上は34度くらいあったと思う。
暑さに参って、目的地より少し手前の公共施設に避難するように入りました。
涼しい図書コーナーの空いた席に座って、スマホで数独をポチポチやりながら火照った体を冷やして。
ふと目を上げると、そこにはちょうど東野圭吾さんの作品が並んでいました。
「先日亡くなったんだよね」と思った瞬間、10年ほど前に読んだガリレオシリーズの最初の一冊の記憶がよみがえりました。
息子の同級生の母親でどうにも合わない人がいて。
自分は読書家だと得意げに言うその人に、本を仲立ちにしたら少しは親しくなれるかもしれないと淡い期待を抱いて、どんな作家が好きなのと聞いてみたら、東野圭吾さんという答えだった。
人気があるのは知っていたけど、ガリレオシリーズのテレビドラマの雰囲気がなんとなく好きじゃなくて、ドラマをちょっとだけみて見てそれきり。
一度もきちんと読んだことのない、距離を感じている作家さんでした。
そりの合わないその人への妙な対抗意識がふつふつと湧いてきて、よし、私も読んでみよう、話題のガリレオシリーズを制覇してみせると意気込んで。
どうせなら一番最初の作品から読むことにしよう。
ネットでシリーズの最初の一冊を調べて、図書館に借りに行きました。
(買わなかったのはやっぱり好きじゃない予感があったからだと思う)
それが『探偵ガリレオ』
一応は読了したからたぶん筋は面白かったのだと思う。
でも、正直次の作品にいこうとは思えず、その後は読んでいない。
以来、東野圭吾さんの作品は一度も手に取ることなく、遠ざかってしまった。
数独をしながら、意識は東野圭吾の棚に向かっていた
数独に戻りながらも、意識はずっと東野圭吾さんの作品の前に留まっていました。
どうして好きになれなかったんだろう?
大人気の作家さんだし、私は基本的にミステリー好きなのに。
赤川次郎さんの軽さが好きな自分には、ガリレオの理系の硬さがひどく重苦しく感じられたから?
『探偵ガリレオ』は理系色の強いストーリーで、文系人間の私には入り込めなかったのと、どうも陰鬱な雰囲気で、ユーモアや明るさのない感じが私には苦手な作風だったのですよね。
そして何よりも、ガリレオこと湯川学という人物のキャラクターが、タイプじゃないというかどうにも好きになれなかったのが大きかった。
私の大好きな赤川次郎さんは、かの有名なミステリーの女王アガサクリスティーの『そして誰もいなくなった』の文庫版にあとがきを書いているのだけど、その「永遠の目標」と題した文のなかで、“ミステリーはもともと知的で粋な娯楽”と言っているのだけど。
たぶん私は、ことミステリーに関しては、あくまでも“娯楽”であってほしいのだと思う。
読み始めから一気に引き込まれて、時間が経つのも忘れて没頭し、ああ、面白かった、と思いたい。
ストーリーが複雑なのは良いけれど、読み終わった後は、読んで楽しかった、面白い話だったという娯楽感が欲しいのだ。陰鬱な気分になりたくはない。ファンタジーよりもリアリティーがある作品が好きだけど、かといって自分のメンタルがやられるほどのリアルな恐怖は感じたくない。
自分の中に残るものがなくても別に構わない。
学びがなくてもいい。
没入し、スリルを味わい、高揚し、開放される。
読み切った達成感と、興奮を味わえれば大満足。
私がミステリーに求めているものはあくまでもそういう類の感動で、重苦しさは求めていないのだと思う。
こういったら軽薄な人と思われるかもしれないけど、ちょっとおしゃれな雰囲気があれがなお良し。
登場人物たちの会話や人と人との関係に。
冒頭を読んだ瞬間から物語の中へ落ちていった
最近はミステリーどころか、読書自体を以前ほどしなくなった。
長いものを読む時間をまとめて取るのが難しいからだと思う。
近頃手に取るものといえば、以前は少し軽くみていたハウツー本か編み物ばかり。
そうでなければ、短いエッセイ集とか。
しかも短時間に軽く流し読みするだけで、スマホで数独ばかりしている……
数独を続けながら、急に罪悪感のようなものに襲われて。
こうして数字をポチポチしていると、多少は頭の体操になるかもしれないけど、深い体験と言えるのはやはり読書ではないのか?
細切れの時間をゲームで紛らわせても、時間を浪費するだけ。
それで本当に満足している?
自分を責める声が私の中でだんだん大きくなっていって。
再び本棚に目を向けると、『マスカレードホテル』と『沈黙のパレード』が目に飛び込んできて。
読んでみようか、と。
両作品とも映画になったのは知っている。
どちらも見ていないけれど。
タイトルに魅力を感じたのは『沈黙のパレード』の方だった。
紙吹雪が舞う華やかなパレードの途中で、とんでもない事件が起こるのだろうか?
恐怖に叫ぶ群衆が脳裏に浮かんぶ。
沈黙とパレードってお互いに結びつかないワードだよね?
華やかな喧騒を連想するパレードと、沈黙といえば黙り込むこと、つまりは静かってことだし。
試しに冒頭だけ読んでみようと思って手にとり、空いた席に座って読み始めたら、冒頭から作品に入り込んでしまった。
行方不明になった娘を思う父親の思い、家族の思い。
心の重さと痛み。
不在に慣れ始めたある日、遠方の警察署から電話が入って…と展開していく。
この物語なら夢中になれるという確信がやってきて、すぐに借りる手続きをして家に持ち帰ったのでした。
湯川学(ガリレオ)教授ってこんな人だったかな?
読み始めてすぐに感じたのは、『沈黙のパレード』の湯川学が、私が記憶していたのとはかなり違う雰囲気だということ。
定食屋で常連客と結構上手に関係を築いているし、選ぶ料理も庶民的で家庭的なものだったりして、なんだか人物が丸くなっているというか。
それとも私の記憶違いだろうか?
この作品はトリックはやはり理系なんだけど、ストーリーの本筋は、人の感情の流れが緻密に描かれていて、どことなく温かみがある。
その温かみはたぶん、幼馴染の絆とか、同じ街に住む人同士の緩やかでありながら堅固な連帯感から来ているのもあると思うけど、湯川教授が底に秘めている彼なりの愛みたいなものが感じられて。
正直意外でした。
これまでの苦手意識は何だったんだと拍子抜けしたというか。
東野圭吾さんを避けてきたことが、ひどくもったいないような気がしてきたのです。
『探偵ガリレオ』で受けた私の印象が間違っていたのかな。
私が読者として未熟なのは、たぶんそうなんだけど、そりの合わない子のこれまたそりのあわないそのお母さんのイメージが、ちょっと湯川教授のイメージと混ぜこぜになっていたのかもしれない。
いずれにしても、これまで私は東野圭吾という作家を見誤っていたらしいと気づいたのでした。
読後に残るのは、深い余韻と仄かな明るさ
読みながら感じたのは、推理小説の形態としては、ちょっと変わった話の持っていき方だなってこと。
誰が犯人か推理しながら読む一般的な展開とは少し違っているけど、かといって犯人があらかじめわかっているわけでもない。
冒頭で犯人がわかる古畑任三郎みたいな展開の仕方は倒叙ミステリーって呼ばれていますが、本作はそれに近い部分もあるけれど、早い段階で犯人が明かされるわけではなく、かといって誰が犯人かを推理を重ねてたどり着く(フーダニット)ともほんの少し違って。
どうやって犯行に及んだか(ハウダニット)が解明されることで真相に近づくのだけど、そこが解明されたあとに、どんでん返しに次ぐどんでん返しがあって、またフーダニットの要素が出てきて。
描かれている人間の心の機微、それぞれの思惑、ふとしたきっかけで闇にのまれていく人間の弱さと、大切な人を守ろうとする愛と業が、物語のラストを切なく慕わしいものにしている。
本書のタイトル『沈黙のパレード』の意味する“沈黙”とは、登場人物のひとりひとりがそれぞれに守っている“沈黙”で。
絶対に口を割らないという意味での沈黙だったり、言うに言えないからの沈黙だったり。
うすうす感じていても敢えて口にしないという沈黙だったり。
ただ黙っていることは嘘とは違う。
私の日常でも、自分の身を守るために沈黙することもあるけど、沈黙に語らせるということもあるよね、なんて思ったり。
ラストの怒涛の展開は、失った人がもう戻らない悲しみは続いていくけれど、なんだか少しほの明るくて、未来を感じるものとなっているので読後感はむしろ爽やか。
そこがすごく好き。
赤川次郎さんおっしゃるところの、“知的で粋な娯楽としてのミステリー”にまさに当てはまる作品だと、個人的には感じました。
人を恐怖に陥れるような陰惨さでひきつけるのではなく、巧みな展開で先へ先へと読ませ、読み切ったときに訪れる余韻は深く心地よいものでした。
“自分に合う東野圭吾”に出会ったのかもしれない
自分には合わないと決めつけていたのに、今は次にどの作品を読もうかなと思っていて。
でもそこで急に悲しみが訪れるのです。
そんな風に思えたのが、亡くなったタイミングだいうことで。
残されたもののなかから、粛々と選んで読んでいくしかないのよね、もう。
新作を待ちわびるという喜びが失われてしまった。
まだお若かったのに無念だったろうと思うと、悼む気持ちでいっぱいです。
炎天下の散歩でふらっと入った図書コーナー。
数独をしながらふと目を上げた棚。
亡くなったばかりの作家の名前。
タイトルに惹かれた一冊。
偶然のようでいて、何かに導かれたような読書体験でした。

編集後記
🍀『容疑者Xの献身』
ガリレオシリーズの名作として知られるのが本書。
今なら以前とは違う気持ちで読める気がします。好きになれそうな予感。
こちらは楽天市場の電子書籍ですので、購入後すぐに読めます。
🍀東野圭吾公式ガイド 作家生活40周年ver.
東野圭吾さんは、 ミステリー、ファンタジー、シリアス、コメディ── どんなジャンルでも必ず読者を魅了してきた作家さんなのだそうです。
累計発行部数は世界で一億部を突破しているとか。
創作の歩みは挑戦の連続で、その軌跡をたどることができるのがこの公式ガイドとのことです。
東野圭吾という作家の全体像を知りたいとき、作品の裏側にある思考に触れたいとき、手元に置いておきたくなる一冊だと思います。
メルカリが一番お得にゲットできるので置いておきますね。
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